般十三仏(じゅうさんぶつ)とは?
2020.06.26
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「方便」といえば、すぐに思い出されるのが「嘘も方便」の諺ですね。
辞書を引きますと「方便」とは「便宜的な手段」とあり、目的さえ正しければ少々の嘘は許されるというのが、「嘘も方便」の意味です。
しかし、仏教語としての“方便”は少しその意味は違ってきます。
「方便」は、サンスクリット語の“ウパーヤ”の訳語で、「近づく」という意味があり,目的地に向かって一歩一歩近づいて行く、その歩みが「方便」なのです。
目的地に到達できるか否かは、二次的な問題であって、目的地に向かって歩む、歩みそのものなのです。
大事なのは、嘘をついてまでも目的を達成しようというのではなく、目的に少しでも近づこうとする努力を怠らないことです。
「出世」という語はサンスクリット語のブッダ・ウトパーダで“ブッダ”は「仏陀」、“ウトパーダ”は「出現」という意味です。
お釈迦様が世の中の民衆を救うためにこの世に出現されたのが、「出世」本来の意味で、仏教で言われている「出世本懐(しゅっせいほんがい)」の略語です。
お釈迦様はこの世に出現されて、さまざまな教えを説かれ、後にそれがまとめられて、多数の経典になっているのですが、いったいお釈迦様がほんとうにお説きになりたかったのは、どの経典であろうか…という問題もあります。
そのお釈迦様の教えである本当の経典を「出世本懐の経」といいます。
膨大な経典のうちどれが本当の「出世本懐の経」であるかという考え方の違いで、いろんな宗派が誕生するのです。
日常語の「出世」の“立派な身分になる”という意味とは少し違うようですね。