コラムColumn

ベル少短かわら版

ベル少短 かわら版 VOL.9

2020.10.21

《短手》( しのびて )

神道で用いる、音をたてないで打ち合わす拍手のことを指します 。
拍手(はくしゅ)は神拝の際の儀礼の一つで、日本独特の作法です 。
狂喜のとき、自然に誠の意を表す動作から生まれたもので、ひらで(平手・開手)ともいい、柏手(かしわで)とも書きます 。
柏手は拍を柏に誤った俗称とされています 。
神拝は普通二拍手ですが、その音は高きを貴ばず、清涼を良しとしています。 葬儀にともなう玉串奉奠(たまぐしほうてん)のときの拍手は短手がしきたりです 。
短手は忍び手と書いてもよいでしょう。

玉串奉奠とは・・・
玉串奉奠とは祭祀には欠かせない儀式の一つで、玉串を神前にささげることです。 玉串は、右手で枝の方を持ち、左手で葉の方を支えるようにしてもち、供えるときには、持ち手をかえ、葉の方が手前、枝の方が神前に向くようにします。

玉串とは、榊の枝に垂(しで)をつけたもので、神符や守り札と同様の役目があり神籬(ひもろぎ)の一種とされています。 神籬とは神道で、霊のこもる木の意、依り代(よりしろ)ともいいます。墓石が建立されるようになるまでは、墓地に、霊魂の依代として、槇、樒、榊、杉などの常盤木(ときわぎ:松や杉などのように、年じゅう葉が緑色の常緑樹)の枝木が立てられました。

常盤木はのちに伝来した仏教と融合し、卒塔婆(そっとうば・そとば)に変遷し、さらに墓塔へと変化しました。墓石が普及するのは、平安時代以降のことで、庶民が造立しはじめるのは江戸時代からです。

《袖触り合うも他生の縁》 (そでふりあうもたしょうのえん)

今回はことわざをひとつ紹介します。

「見も知らぬ旅人道士が同じ木の下に一時いこい宿るのも、決して偶然ではなく、この世に生まれる以前からの深いつながりによるもの」という意味です。
他生と書くのは俗用、多生や多少と書くのは間違いです!

☆多生…仏教で生き物の宿命として、動物、人間、天人、などに何回も生まれ変わること。輪廻転生とは少し違います。
☆他生…仏教で生まれ変わる前の境界と、これから生まれ変わるであろう未来の境界のよびなのこと。

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